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高野山「世界遺産」の10年 霊峰なお息づく、静謐なる祈り

 太平洋に突き出た国内最大の半島、紀伊半島の山々は恐ろしいほどに深い。古来、天皇・貴族も庶民も都を離れ、神秘な半島の霊峰を目指した。平成16年7月に世界文化遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」(和歌山、奈良、三重の3県)は今年で登録10周年。構成資産の「高野山」「吉野・大峯」「熊野三山」の3霊場は世界的にも貴重な山岳信仰の聖地だ。弘法大師空海ゆかりの高野山は来年に開創1200年も控え、吉野山とを結ぶ巡礼道も開かれるなど、静謐(せいひつ)な山上の祈りに新たな歴史が刻まれる。(岩口利一)

 ■空海の集大成

 厳寒の高野山(和歌山県高野町)に、偶数時につかれる「六時の鐘」の音が響き渡る。金剛峯寺の門前は平地と変わらない佇まいだが、凛とした清浄感はやはり標高約850メートルという山上のためだろうか。

 天空さえも近く見える地に諸堂が並ぶ壇上伽藍(だんじょうがらん)。巡拝する修行僧らの読経が聞こえてくるのがいかにも真言密教、いや日本仏教の聖地らしい。大日如来像が安置された根本大塔(こんぽんだいとう)は柱の朱色が鮮やか。さらに金堂や御影(みえ)堂、鎮守の御社が1200年に及ぶお山の歴史を静かに物語る。

 高野山は弘法大師空海が弘仁7(816)年、43歳のときに朝廷に願い出、土地を賜った。高野山を一大聖地にする構想はいつから抱き始めたのだろう。漢詩文集「性霊(しょうりょう)集」によると、若いころにこの「平原の幽地」に至ったらしく、長年の夢だったのかも知れない。やがてそれが実現し、今や117の寺院や大学などが集まる山上の町に発展したのだから、空海の力はなお凄い。「高野山に大伽藍を築くことは大師の念願であり、集大成でした」と金剛峯寺の山口文章執行(52)。

 金剛峯寺から子院や店舗が連なる通りを東へ向かい、一の橋から奥の院参道へ。奥の院は大師が定(じょう)(瞑想の境地)に入っているという聖地中の聖地だ。大師を慕うかのように20万基以上の墓碑が並ぶ老杉の間を2キロ近く進むと、大師の食事が調理される御供所(ごくしょ)。「生身供(しょうじんく)」と呼ばれ、毎日午前6時と同10時半の2回、近くの嘗試(あじみ)地蔵に味見をしてもらったうえで御廟に運ばれるというから念が入っている。正月三が日は膳の数が増えるという。

 清流に架かる橋を渡るといよいよ霊域で、万燈が揺らめく燈籠堂の裏に回ると御廟だった。そばで1人の尼僧が正座し、懸命に読経する姿に心打たれる。杉木立に西日が落ちるそこは、今も生きているという大師を確かに感じさせる不思議な静寂感に包まれていた。

 ■古人の恋積もる花の吉野

 吉野(奈良県南部)に古(いにしえ)の都人は特別な憧れと信仰を抱いていたに違いない。古代に修験道の霊場として開かれて以来、願いを抱く人々は力を秘めたお山に入った。

 藤原道長ら平安時代の貴族らは「金の御嶽(みたけ)」(吉野・大峯の連峰)に参詣。異母兄の源頼朝に追われた義経も身を寄せ、後醍醐天皇は京都の朝廷に対し、「南朝」を開いた。そんな吉野は実にさまざまな歴史と信仰が刻まれている。さらに桜、新緑、紅葉、雪景色と四季折々の表情を見せるからとても一口には語り尽くせないのだが、とりわけ胸さわぐのは寂寥感漂う冬が過ぎ去った後に訪れる「花の吉野」だ。花の吉野は歌聖、西行の吉野でもある。

 《なにとなく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山》

 西行はなぜそこまで桜に想いを寄せたのか。数々の花の歌はまるで恋歌のようにも感じられてくる。

 《吉野山梢の花を見し日より心は身にもそはずなりにき》

 そんなふうに西行の心を浮き立たせる花は、やはりこの世の女人を思わせる。

 だが、吉野山の桜は世間で愛でられるただの花木ではない。金峯山(きんぷせん)寺蔵王堂に安置された巨大な蔵王権現立像が目を向ける南方にあるのは、大峯・山上ヶ岳。修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)がこの山で蔵王権現を感じ、桜の木で像を彫ったという伝承から神聖視されてきた「御神木」なのだ。

 そんな桜の霊気に満ちた吉野のお山。そこは大峯、熊野三山へと至る「修行の道」の入り口でもある。西行は想いを歌に祈りに昇華させていっただろう。

 ■「弘法大師の道」開く

 《2千メートル近い山々に古来の信仰が息づく「紀伊山地の霊場と参詣道」。広大な地の世界遺産登録を推進し、登録後も保全に尽くしてきた金峯山修験本宗宗務総長(58)の思いは深い》

 世界遺産登録をゴールではなく、スタートにしたいと当初から思っていた。それで、登録後は誘客だけではなく、環境の保全を働きかけてきた。登録によってこの地が荒らされることのないよう取り組んできた10年です。

 《高野山や吉野山などは世界遺産登録後、さらに観光客が増え、特に外国人が目立つようになった。この世界遺産の魅力はどこにあるのか》

 自然の中に神仏習合の信仰が残っている。自然があるだけではなく、人々が祈ってきた歴史がある。宗教学者の山折哲雄さんは、天地万物に生命が宿ると感じた人たちの普遍的宗教を「万物生命教」と表しておられ、紀伊山地にはまさにこの「万物生命教」が生きている。今後はそんなエリアを広く巡っていただきたい。そのために杉の木を使った霊場の朱印帳も作っている。日本人の宗教的深層はここにあり、ルーツを訪ね歩くというコンセプトで巡ってほしい。吉野山の金峯山寺では今年、蔵王権現立像のご開帳も春と秋に予定しています。

 《吉野山と高野山を新たな巡礼道で結ぶ「弘法大師の道」プロジェクトも進んできた》

 高野山の開創1200年(平成27年)に向けた事業で、今年5月に寺や自治体などでつくる実行委員会で歩くことで開闢(かいびゃく)(開山)される。奈良で学び修行した若き空海が吉野山から歩き、高野山に至ったことを知ってもらいたいです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140102-00000501-san-soci
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