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錦織、世界ランキング「トップ10入り」も・・・「カラダを酷使する打法」を危惧=中国メディア

 男子テニスのマドリード・オープンは11日、マドリードで決勝が行われ、錦織圭が世界ランキング1位のラファエル・ナダル(スペイン)と対戦し、1セットを先取するも腰の痛みにより途中棄権して準優勝に終わった。中国メディア・新浪網は錦織の活躍を賞賛する一方で、「身体を酷使するその打法は、彼の選手生命を短くする可能性がある」と伝えた。

 記事は、錦織が4大大会(グランドスラム)に次ぐ高いレベルであるマスターズ1000大会の決勝にアジアの男性選手として初めて進出したことを紹介。そして、ナダルを相手にまったくひるむことなく6−2で第1セットを先取、第2セットも中盤までリードし、完全に受け身だったナダルは「ほぼなすすべなし」の状態だったと伝えた。

 しかし、錦織に突然襲った腰痛が試合のターニングポイントとなり、第2セットを4−6と逆転で落とすと、第3セットに0−3となったところで試合を棄権したとした。

 記事は、男子マスターズ大会優勝というアジアテニス界の新たな1ページを切り開くことはできなかったものの、今大会で錦織は多くの栄誉を獲得したと解説。日本人として初めて、アジア人選手でも2004年以来の世界ランクトップ10入りを果たしたことを紹介した。

 その一方、今年参戦した9大会中3大会で故障により途中棄権したことにも注目。「錦織のサーブ、フォア、バックは実に強力だが、身体には極めて大きなダメージとなっている。選手生命を長くしたいのであれば、調整すべきところがないかをじっくりと検討し、今後の対策を考えなければならないだろう」とも分析した。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C) D D /123RF.COM。写真は、2011年4月スペインのバルセロナで開催されたバルセロナ・オープン・バンコ・サバデル2011)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140513-00000026-scn-spo
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ブラジルW杯代表 柿谷「C大阪からW杯に行きたかった」

 柿谷に朗報がもたらされたのは、遠征先の中国・広州だった。そろってメンバー入りした山口と無料通信アプリ「LINE」の動画でテレビ中継を見たといい「めっちゃうれしい」と笑みがこぼれた。

 C大阪の一員としてW杯に出場するのは、一つの夢だった。育成組織に所属していた小学生の頃から、OBで2002年日韓大会に出場した森島寛晃、西沢明訓があこがれの存在。「C大阪で育った選手じゃなく、C大阪からW杯に行きたかった」。昨オフ、チームへの残留を決めた背景にはそうした思いがある。

 昨年6月、日本がW杯出場を決めたアジア最終予選のオーストラリア戦では、山口とともに埼玉スタジアムの観客席にいた。初招集された7月の東アジア・カップで得点王に輝き、今やワントップの最有力候補。3年前までJ2徳島でプレーしていたことを思えば「正直、夢のような話」と話すのは本心だろう。

 「自分のゴールで勝ちたい」。初の大舞台に臨む24歳が視線をブラジルに向けた。(中国・広州 細井伸彦)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140512-00000598-san-socc
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【川本治氏が語る代表選出3】楽な相手ない、負けないサッカー必要

 何はともあれ、これでメンバーは確定した。この23人でW杯本大会に臨むことになるが、1次リーグを突破するのは簡単ではない。対戦する3チームを見ても楽な相手は1つもなく、初戦で対戦するコートジボワールは個の力もチームの力もある。3勝するのは無理にしても、最初の試合で負けると厳しい戦いが強いられる。

 ザッケローニ監督は、表向きは「勝つ」と言うだろう。だが、負けないサッカーが必要にもなる。そのため、試合展開の中で4バックを3バックに変え、5バック気味に戦うことも十分に考えられる。その場合は左サイドバックのDF長友佑都(27=インテル・ミラノ)をワイドに上げて、吉田、今野、森重で3バックをつくり、右のワイドは岡崎でもDF酒井高徳(23=シュツットガルト)でもいい。

 ザッケローニ監督はどちらかというと“石橋を叩いて渡る”タイプ。だからこそギャンブルはせず、一緒に戦ったことのある選手、こうと心に決めた選手を選んだのだと思う。故障で実戦不足の選手も不調の選手もいるが、それでも選んでもらった選手は「ヨシ!」という気持ちになっていると思う。本番で勝つか負けるか、それは誰にも分からない。ただ、監督はこの2〜3年一緒にやって来た選手たちと最後まで一緒にやりたかったのだろうし、そういう意味では実に日本人的な監督でもある。選手たちは優勝を目標に掲げているようだが、まずは1次リーグを突破して決勝トーナメントに進出してほしい。それが今後のJリーグ、サッカー界の発展にもつながるのだから。

 ◇川本 治(かわもと・おさむ)1952年(昭27)5月1日、北海道釧路市生まれの62歳。室蘭清水ヶ丘高校2年までGKを務め、中央大進学後以降はFWに転向。古河電工(現J2千葉)では9シーズンに渡ってプレーし、引退後はコーチ、監督、強化部長など要職を歴任した。現在は日本代表戦のほか、カテゴリーを問わずスタジアムに数多く足を運び、誠実な人柄で選手や関係者からの信頼も厚い。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140512-00000125-spnannex-socc
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ニュルンベルク、国内最多8回目の降格…1年での1部復帰は4回

 ブンデスリーガ第34節が10日に行われ、日本代表DF内田篤人が所属するシャルケと、同代表MF清武弘嗣、同MF長谷部誠の所属するニュルンベルクが対戦した。ニュルンベルクは1−4で敗れ、17位が確定。2007−2008シーズン以来の2部降格が決定した。

 ニュルンベルクは清武がベンチスタートで最後まで出場機会はなく、ひざの負傷で戦線離脱していた長谷部は先発。昨年12月21日のシャルケ戦以来、約4カ月半ぶりの復帰を果たし、フル出場した。

 ニュルンベルクの降格は通算8回目で、国内史上最多となった。ドイツ紙『ビルト』が伝えている。ブンデスリーガ優勝9回を誇るニュルンベルクは、1968−1969シーズンに初の2部降格。以降の9シーズンを2部で戦い、1977−1978シーズンに2位に入って1部昇格を果たしたが、翌1978−1979シーズンで17位に終わり、2回目の降格となった。

 1979−1980シーズンは2部優勝を果たし、1年での1部復帰を決めた。1980−1981シーズンから4シーズンは1部でプレーしたが、1983−1984シーズンに3回目の降格となる。しかし、翌1984−1985シーズンにまたも1年での1部復帰を決め、1993−1994シーズンまでの9シーズンは1部で戦った。

 以降は成績が安定せず、昇降格を繰り返す時期が続いた。1995−1996シーズンには、2部で17位に沈み、初めて3部へ降格。翌シーズンで3部優勝を果たすと、2部復帰1年目の1997−1998シーズンには3位に入り、2シーズン連続の昇格で1部復帰を果たした。しかし、1998−1999シーズンは1部16位で、またも2部へ降格。5回目の降格から2シーズン目の2000−2001シーズンに2部を制覇し、1部へ復帰。しかし、昇格2シーズン目の2002−2003シーズンに17位に沈み、6回目の降格となる。

 2003−2004シーズンは2部で優勝し、2004−2005シーズンから1部で戦ったが、2007−2008シーズンで16位に終わり、7回目の降格が決まる。翌2008−2009シーズンで1部昇格を決め、今シーズンまで1部に所属していた。

 ニュルンベルクの降格は、1部から2部が7回、2部から3部が1回。2部降格から1年での1部復帰は4回を数える。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140511-00188830-soccerk-socc
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アロンソ「一歩ずつ改善を進め、あきらめない」

フェラーリのフェルナンド・アロンソが、カタルーニャ・サーキットで行われるF1第5戦スペインGP(11日決勝)に向けて意気込みを語った。

フェルナンド・アロンソ
「もし僕が今週末も表彰台を目指すことができると言えば、それはうそになる。中国での結果(3位表彰台)はチームを勢いづけるものだった。でも、あれはいろんな状況によってそうなっただけのことだ」

「スタート直後の接触でも幸いなことにクルマにダメージを受けなかったし、2台のレッドブルは少し遅れ、僕のピットストップは速かった。つまりこうした多くの要素が僕を表彰台に導いてくれたんだ。再びそうするためにはすごく特別な週末になる必要があるし、ここで表彰台に上れるなんてことはちょっと信じられないね」

「ここでは、サーキットの特性が僕たちに少し味方してくれるかどうか、様子を見るしかない。なぜなら、それほどストレートは多くないし、長いのはピットの前の1本だけだからね。いくつか新しいパーツもあるけれど、特別なものは何もないんだ。僕たちは現実的だし、一歩ずつ改善を進めてあきらめることはしないよ」

「メルセデスAMGとは大きな差がある。でもタイトル争いはまだこの先に長い道のりが待っている。僕たちはフェラーリのすべての能力を使って、差を縮め、もっと競争力を高めるためにできることは何でもやらなくてはならない。回復には時間がかかるだろう。だから、改善を果たせたときにはまだタイトル争いには間に合う状況であることを願わないとね」

「ここは僕たちにどれだけの競争力があるかをチェックするにはいいところだし、何らかの答えが見つかると思う。そして、次はモナコとカナダというまったく違うタイプのサーキットに向かうことになる。この段階になれば、いろんなことが分かってくると思っているよ」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140509-00000001-fliv-moto
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